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コラム&エッセー
2021/08/06
エピソード
Hさんは、俳句と歌がお好きで、「今の年寄りは、幸せだね。」が口癖のとても明るい方です。
そんなHさんですが、夜になると布団の中で、早くに亡くされた息子さんや会えなくなったお孫さんの事を思い出しては、枕を濡らされる日があります。
夜勤中、リビングで仕事をしていると、バシッバシッと音がしました。その音は静かな夜に響きました。
「何の音?」音のしたHさんの部屋を訪ねました。
入眠されている様子。気のせいかな?と思いリビングに戻りました。するとまた音がしました。私はそっとHさんを見守ることにしました。
五分くらい過ぎた時でした。
すごい勢いでHさんは拳を作り、自分の額を叩きはじめたのです!
「どうしたの?Hさん?」と慌てて声をかけました。「このバカが悪いんだ。バカバカ!」そう言いながら、また叩き出しました。「なんでバカなの?」「あのねぇ…私はもらいっ子なの…。その家には姉さんが居て、病気なのに私は何もできないんだ。恩返し出来ないの。このバカ!」
目の前の光景に、胸が押し潰される思いがしました。
「そんなことない、Hさんはバカじゃない。きっとその気持ちも届いてますよ。だから、頭なんて叩かないでください。」何とかして心を軽くして差し上げようと思い、言業をつなぎました。「わかったよ。ありがとう。」落ち着かれたのを見てリビングに戻りました。
しかし…
しばらく経つと…バシッバシッと聞こえ、自分を責めながら額を叩くのです。
「何で私は里子に出されたのかね。私の事いらなかったのかな?」
「親が子供をいらないなんてはずない。何かどうしようもない理由があったの。昔の貧しい日本だったもの、だからそんなに自分を責めないでください。」と思いつく言葉を並べました。
ですが…離れるとまた、音がします。
今度はそっと額に手を当てました。私が手をおいたら、叩けなくなる。そう思ったからです。
「ああ〜ごっつい手だな。働いた手だね。あったかい…まるでお母ちゃんの手だ。お母ちゃんの手を思い出す。お母ちゃん…お母ちゃん…。」
そう言いながら、額に当てた手を握り締めて涙を流されました。
「もう…叩かないよ。あんたのこと悲しませたら悪いから。ごめんね。」そう言われ、眼りにつかれました。
認知症という病気は、とても酷な病気だと思いました。
今、食べた食事も、それを食べたことすら忘れてしまうのに、本当に忘れてしまいたい心に負った深い深い悲しみは決して記憶から消えはしないのですから。
「ご利用者様の声にならない心の声を聞いてあげてください。」
入社時に、ホーム長に言われて、私がいつも大切に思っている言葉です。でも、時にその声は聞き取りにくく、こちらの声も届きにくい時もあります。
今日の事で百の言葉より、手から伝わる人の温もりが、その役目を果たす時もあるのだと感じました。
次の日、
「昨日はありがとう。うれしかったよ。」
晴れやかなHさんが私に向かって一礼されました。
「こちらこそありがとうございます。」
そう言いながら熱いものがこみ上げてきました。
私はあの朝の…Hさんの笑顔が忘れられません。
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