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コラム&エッセー
2021/08/16
エピソード
何年か前の話になります。私にとても親切にしてくれたご利用者様がいました。
その人、Aさんは軽い認知症でしたが、私の名前を覚えてくれて、
「いくちゃん、いくちゃん」
と呼んで、内緒でお菓子をくれたり、自分で作った人形を私にくれたり、時には私が仕事でバタバタしていると
「いくちゃん、ここでちょっと休んでいきやあ」
と言って体を気遣ってくれたり、急に後ろから抱きついたり…とってもユーモアのある優しい方でした。
そんな毎日を過ごしていましたが、ある時期に、私は留学をするため会社を長い間休むことになり、Aさんにもそのことを伝えました。
留学から帰ってきた私は、また元のホームに戻りましたが、Aさんは体調を崩して、すでに退居していました。
それ以来会えなくなって、寂しいなぁと思いながらも、日々の仕事に追われていき、思い出す事も少なくなっていきました。
それから1年以上経ったある日、私の祖母の体調が悪くなって、市民病院へ入院となり、私も面会に何度か足を運びました。
その時にバッタリAさんの娘さんを見かけました。
おそるおそる「こんにちは。」と挨拶し、名乗ると覚えていてくれたらしく、昔話に花が咲きました。
Aさんの話にもなり、ここで入院しているとの事…しかももう歩く事も難しく、危険な状態との事でショックを受けました。
心の中では、(やっぱり覚えてないだろうなぁ…)(でも覚えてなかったらショックだよなぁ…)
など色々考えながら病室へ行き、ゆっくりカーテンを開けると、
痩せた手にはたくさんの点滴、さらにベッド脇にはたくさんのチュープが垂れ下がり、昔の面影は少ししか残っていないAさんが眼っていました。
声をかけようかと迷っていると、目が覚めたようで私と目が合いました。ひと呼吸あけ、Aさんが
「いくちゃん?今戻ったの?」
私は一瞬何の事かよく分からなかったのですが、覚えていてくれた事に感激して、涙がどんどん溢れてきました。
そして、Aさんと2人で抱き合ってわんわん泣きました。
話していくうちに、「今戻ったの?」という質問の意味が分かりました。
Aさんは、私が海外に行ってくると言った事も覚えていてくれたようで、たった今戻ってきたと思ったようでした。
面会を終え、温かい気持ちで家へ帰りました。
それから何週間か経った時、葬式の看板にAさんの名前が書いてあるのを見つけました。
体の中がすごく熱くなりました。色んな事を思い出してきました。
現在、私は介護の仕事を続けてきて、5年経ちました。
亡くなった方を何人も見てきて、辛くて仕事を辞めようかと思った事も何度も何度もありました。
この仕事を続ける意味は?
出会っても私より早く亡くなってしまう。もう人が亡くなるのは見たくない。もう嫌だ。
でもAさんとの出来事があってから考え方が変わりました。
人が亡くなるのはやっぱり辛い、後悔も残る。
だけれども、少しでもこの人の役に立ちたい、思い出に残りたい、最後に笑顔で見送りたい。
今はそう思っています。
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