2026/09/12
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ごきげんよう。
鶺鴒鳴、という言葉をご存知ですか?
「せきれいなく」と読み、鶺鴒の声に秋の訪れを感じる、
今頃の季節を表す言葉です。
日本には、四季よりも細やかに季節を見つめる「七十二候」という暦があります。
一年を二十四に分けた「二十四節気」。
その約十五日間を、さらに「初候・次候・末候」の三つに分け、
約五日ごとの移ろいに名前をつけたものです。
花が開くこと。鳥が鳴くこと。風の冷たさが、ほんの少し変わること。
昔の人は、そんな小さな変化を見つけては、季節の名前として残してきました。
私は、こういう感性が好きです。
毎日をただ過ぎていくものにせず、立ち止まって、ひとつずつ受け取ろうとする。
その心の余裕を、自分も持っていたいと思います。
とはいえ、日々はなかなか慌ただしいものです。
次の予定や、やらなければならないことを考えているうちに、
今日も一日が終わってしまう。
人と向き合っているつもりで、心だけが少し先を歩いていることもあります。
「涼しくなりましたね」
そんな何気ない言葉を交わせる時間に、どれほどのものが含まれているのか。
忙しいと、つい忘れてしまいます。
秋は、来年もやってきます。
けれど、来年も同じ人と、同じ気持ちで、この風を感じられるとは限りません。
隣にいる人も、私自身も、一年分の時間を重ねていきます。
子どもの手の大きさも、誰かの笑い方も、今日の会話に生まれた間も。
同じようでいて、少しずつ変わっていくのでしょう。
だから私は、何か特別なことがあった日だけを、大切な日にしたくないのです。
一緒に外を眺めたこと。くだらない話で笑ったこと。
「また明日」と言えたこと。そんな一日にも、ちゃんと目を向けていたい。
季節は巡ります。
けれど、今、この人と過ごすこの季節は、今しかありません。
鶺鴒の声を聞けたら、隣にいる人にも伝えてみようと思います。
「秋が来ましたね」と。
その人の返事まで、ゆっくり聞きながら。
